大瀧神社略記   
境内社 祇園社  
境内社 招魂社  


大瀧神社略記
御祭神
  多 岐 津 姫 命    を主祭神とし
  宇 迦 之 御 霊 命  事 代 主 命
  大 山 津 見 命    金 刀 比 羅 大 神
  住 吉 大 神      天 鳥 船 大 神

      の七神が鎮座されております。

御由緒
  大瀧神社は、推古天皇の端正五年(五七九年)旧暦九月十九日に、
 多岐津姫命が推古桜の所在地である弥ヶ迫(現在の元町四丁目)に
 鎮座されたのを創始とする。
  その後、元亀元年(一五七〇年)、弥ヶ迫より七ツ畔(白石二丁目
 )に遷座され「田中大明神」と称された。
  次いで、元文五年(一七四〇年)、現在地の歯朶山を社地と卜して
 遷座し、社号を「大瀧神社」と改称した。
  流れ造りの本殿は、安永六年(一七七七年)に建てられたものである
 が、祝詞殿・拝殿等は、昭和十年に増築されたものである。
  その偉容、景観ともに近郷随一の御社殿として信仰をあつめ、大竹の
 氏神様として今日に及んでいる。

御祭礼
 例 祭 十月十九日
 神幸式 十月第三日曜日(神輿渡御式)

境内社 祇園社
■御祭神

  須 佐 之 男 命
  櫛 名 田 姫 命
  八 柱 御 子 神

御由緒
  明和七年五月(一七七〇年)創建。
 当時、村に流行した悪病(疫病)を鎮めるために、京都・八坂神社より
 勧請。昭和六十年十月。歯朶山遷座二五〇年記念事業の一環として現在
 地に遷座された。

例祭
  七月一五日

   
大竹市
境内社 招魂社

  
御祭神
  明治以降、日清日露の戦役を経て、大東亜戦争(被爆戦没者を含む)に
 至るまでの数度の戦役・事変において戦禍を被り悠久の大義に殉じ、護国
 の神となられた方々の御霊、一、四五七柱を奉祀。

例祭
  慰霊祭(招魂祭)は、大竹市戦没者崇敬会の主催により、毎年四月第三
 日曜日に執行される。
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